週休たくさんで主にスペインサッカーを分析
蹴球ゴシップC60 (2004.07.26) 今回は、ゴシップ関係の話題を。 ソースが怪しいお話ですので、真偽の判断は自己責任でお願いします。 マドリー (マドリード)に住んでいると色々な日本の方と知り合いになります。 その中でも日本食料理屋の板前さん達とよく出会います。まずはその人達に聞いたネタから。 とある高級料理店に訪れたベッカム夫妻ことベッカムとビクトリア。ビクトリアはその店の枝豆がいたくお気に召されたらしく、繰り返し注文をした挙げ句、調理場にあった全ての冷凍枝豆をお持ち帰りされたとのこと。「あんなん中国人の食材屋に行けばなんぼでも安う売っとるで。」とは板前さんの言。 ちなみにベッカムは体調維持のためか、油モノを一切口にしなかったらしい。 とある日本料理店の寿司を気に入ったフィーゴ。その後ふらりと現れてはテイクアウトで注文し、自ら家に持って帰るとのこと。彼の日本食好きとバルセロナに和食の店を持っていた事実は良く知られている。レアル・マドリー移籍の際、焼き討ちにあったその店の名前は確か「金」。 レアル・マドリーの選手、首脳陣へのインタビューを仕事としている人の話によると、グティは取材に対する態度も悪いとのこと。シンパティコ(気のいい人)はロベルト・カルロス。 これは噂ではなく公然の秘密だったが、去年のレアル・マドリーではフロレンティーノ・ペレス、ホルヘ・バルダーノが決定権を握り、役職名は偉そうだったエミリオ・ブトラゲーニョは全くの飾りだったとのこと。彼の役割はマスコミ対策。 その昔新聞を賑わせたバルセロナのセニョリータ事件は真実だったとのこと。何年前か忘れたが、ラージョ・バジェカーノとの試合前夜、バルセロナの選手数人が宿泊先のホテルに女性を呼び「パーティー」を繰り広げたと新聞に掲載され、それをバルセロナ側が名誉毀損で訴えると言い出してもめた、というのが事件の骨子。 情報はバルセロナ役員を友達に持つアトレティコのコーチから。 アトレティコ時代のグレゴリオ・マンサノがマジョルカから連れてきたイバガサ。マジョルカ時代、日本のテレビからインタビューを受けた。それがよほど嬉しかったのか、取材テープのコピーを欲しがり、何度も念を押したとのこと。 セビージャ(セビリア)会長、デル・ニド。今シーズンの移籍市場も多くの選手を獲得し、その辣腕ぶりとあくどそうな顔で有名だが、ペーニャ(ファンクラブ)の会合に出席すると老人たちの為、カラになったピッチャーを下げ、自ら新しいビールを持ってくる甲斐甲斐しさ。 セビージャで偉くなるコツは身内には丁寧に、外には厳しく、らしい。 とまあ今回はこの辺で。 (2021/07/24) 差のつかないスペイン語 (2004/05/05) 「そ」か「ん」で終わるサッカー用語 今回は「そ」か「ん」で終わるスペインのサッカー用語についてお届けしてみましょう。ピッチで使用される「そ」か「ん」は大体増大辞か縮小辞を使った結果であることが多い。 増大辞とはある単語の語尾につけ「大きな」といった意味を添えるものです。例えばお金を示す「パスタ(pasta)」という言葉に「オン(-on)」という増大辞をつけると「パストン(paston)」という単語になる。「パスタがある」と言えば「お金がある」という意味だけど、「パストンがある」と言えば「ちょー金がある」という話になる。よーするに景気のいい感じになるわけです。その逆が縮小辞。 どうでもいいと言えばどうでもいい文法は抜きにして、以下サッカー用語。 ・パラドン パラダが大きくなってパラドン。すんげーセーブ(スーパーセーブ)の意味。「いやー昨日のモリーナはパラドンを炸裂させてたんやけどなぁ、負けてもうなたなぁ」、「イケルはほんまにパラドン連発やで」などのようにつかう。ドンってなんやねんドンって、と突っ込みたくなるが使い慣れるとやめられない。 ・ゴラッソ 日本でもわりかし有名。ゴルが大きくなってゴラッソ。すんげーゴール。場内がどよめく必要がある。「いやぁ、あのシャビとロナウジーニョのやつはほんまのゴラッソやで」「あのシュート見てないん?ゴラッソやってんで」といった使用法が一般的。サッカー場においては頭に「ケ」をつけて「ケ・ゴラッソ、ケ・ゴラッソ」と繰り返せば感嘆したことがよく伝わる。 ・チュタッソ チュトが大きくなってチュタッソ。すんげーシュート。枠を外しても良い。ルケ、カプデビラレベルのスピードがあるとベスト。「この前チュタッソがあそこに直撃してからどうも調子がおかしいんよね」のように使う。 ・パルティダッソ 試合を意味するパルティードより。用法は二つあり、一つは大きな試合を指し、もう一つは大活躍した試合を指す。前者は「パルティダッソいうたらマドリーvsバルサやろ」、「アーセナルvsミラン?そりゃぁパルティダッソやなぁ」のように使い、後者は「クラシコはシャビのパルティダッソやったなぁ」、「イエーロのパルティダッソと言えばユベントスとの決勝やろなぁ」のようになる。3点決めれば他のプレーはどうあれ、取り敢えずのパルティダッソにはなる。 ・パタドン パタダ(蹴り)の激しいバージョン。格闘家のごとき蹴りを指す。相手を非難するには、「奴はパタドンをかましやがった」と言わなければならない。ここでパタダを使ってしまうと大したことのない反則に思われてしまう。 ・フガドン フガダ(jugada)、プレーのスーパー版。スーパープレー。「ジダンのブルターンからシュートしたやつ、あれはフガドンやな」のように物凄いプレーながらゴールに結びつかなかった場合に用いると吉。別にゴールシーンに絡まなくともフガドンにはなる。マラドーナのイングランド戦のドリブルはフガドンでありゴラッソである。 スペインリーグを見ながら以上の言葉を自在に操れるようになれば違いのわかるリーガマニアになれる、、、かどうか定かではない、のですが、副音声がある場合に思い出して頂けるとよろしいのではなかろうかと。 (2021/07/14) アイドルに見るクラブ体質 (2004.04.28) スペインリーグでは、大体どのクラブにも「アイドル」と呼ばれる存在がいます。 別に男前で笑顔が素敵である必要はなく、インチャ(ファン)に絶大な支持を受ければ誰でもイドロ(アイドル)になれる。 それならば、イドロのタイプを見ればそのクラブの体質、というか特質が見えるのではなかろうか、 といのが今回の疑問であります。 今回比較するのはマドリーの両雄、レアル・マドリーとアトレチコ・デ・マドリー。 まずエル・レアルのアイドルと言えばラウールことラウール・ゴンサレス・ブランコ。 アトレチコの下部組織がおとり潰しになったのを機にマドリーに移籍。ホルヘ・バルダーノのもとで1994年10月、17歳でトップチームデビュー。その後の活躍はご存知の通り。生え抜き中の生え抜きではないが、下部組織から育ち世界のトップレベルに達した。 その言動は無用な問題を産まぬよう極めて計算されている。例えば先立ってのクラシコでのフィーゴの退場に関しても「審判がそう判定したんだからしょうがない、それを覆すことはできないんだから、ノ?」と極めて優等生的発言をしていた。 ちなみに、「ノ?」とはラウールの口癖で、語尾につけると日本語の「でしょ?」といった意味になるが、彼の口癖であり、モノ真似に必須な言葉である。 ジダン、フィーゴ、ベッカム、ロベカル、カシージャス、ユニフォーム販売で上位を占める人々だが、勝負に強くこだわりながらも、見た目は綺麗なプレーする。 一方のアトレチコ。 アトレチコのアイドルはフェルナンド・トーレスだと思われがちだが、それは違う。 彼は女、子供のアイドルであり、アトレチの大半を占めるおやじどもの評価を得ているとは言いがたい。 ならば彼らのナンバーワン・アイドルは誰か、その名もディエゴ・パブロ・シメオネである。嘘だと思われるのなら一度カルデロンに足を運ばれるとよい。先発ならば選手紹介で熱烈な拍手が送られるし、不利な状況で途中出場しようものならもの凄い喝采がわきおこる。その後、敵にえげつないタックルでも喰らわせようものなら場内熱狂、興奮の坩堝。 ほんまでっせ。 そしてその次に支持を受けているのがデニス・ニコライディス。守備では必死でボールの後を追い回し、間に合わないボールにも体ごと突っ込む、決して休むことない芸風がアトレチに大受け。 最近、決定率、テクニックで勝るパウノビッチが先発に定着しつつあるが、デニスを待ち侘びる声は大きい。 ちなみに、スペイン到着当初は「あんなじじいに何ができる」「ギリシャ人???」「ありゃスポンサー絡みで来ただけやで」等、罵詈雑言の嵐だった。それを吹き飛ばし得たのはプレースタイルがアトレチの心を掴むものであった点が大きい。 ビセンテ・カルデロンのハートを掴むには、トラバッハドール(働き者)でペレオン(相手に絡んでいくタイプ)でバタジャドール(戦争屋)であることが必須である。 フィーゴのドリブルに熱狂しジダン、ラウールのテクニックに喝采を送るマドリディスタとセンターバックに絡みつくニコライディスに興奮しシメオネの後方からのタックルにテンションがぶっ飛ぶアトレチ、根本的に人種が違う。 この二つがエテルノ・リバル(永遠の仇)と呼ばれるのも当然かと。 才能を上に置く人間と努力を上に置く人間、わかり合うのは難しい。 その一方で、サッカーはどちらに偏ってもつまらないものになる。 異なるものを互いが補うように重ね合わせ、その結果として高い場所に手が届く、これがサッカーの楽しみの一つだと思われます。 それは今のバルセロナを見ればよくわかるのではなかろうかと。 レアル・マドリーもアトレチコ・デ・マドリーも、来シーズンの補強に期待しましょう。 (2021/07/10) Un Minuto de Silencio(ウン・ミヌート・デ・シレンシオ) (2004.04.21) スペインリーグでキックオフ前、選手がピッチ上に立ったまま動かなくなるシーンをよく見かけます。 あれが、ウン・ミヌート・デ・シレンシオというもので、要するに黙祷です。 黙祷なら黙祷と最初っから言えばよろしい、のですが、日本で一般に言う黙祷とは微妙に異なります。 まず、必ずしも目を閉じる必要はありません。 その名を直訳すると、「一分間の静寂」なのでありますから、目を開けていても静かにしていれば問題ない。 一般的な作法は、起立する、帽子を取る、一分間静かに身を凝固させる、選手であれば腕を後ろに組むのが望ましい、以上になります。 スペインでは試合前しばしばこれが行われますので、現地観戦の際に注目されるとよろしいかと。 ちなみに審判の気分?で沈黙時間が変わるのがスペイン風で、ウン・ミヌート(1分間)といいながら30~40秒しか待たないこともしばしば。 また、リーガ一部では黙祷の途中で叫びだす人間が必ず出るのも特徴。 大体「イホ・デ・プータ(意訳:お前のかあちゃんデベソ)」と叫んでいるだけなので無視するのがよろしいかと。 どんな場合に捧げられるかと言えば、 ・スタジアム外での暴力で死者が出た場合 ・海外派遣された軍隊で死者が出た場合 ・国宝的人物が亡くなった場合 ・テロの後 ・クラブ関係者の不幸 といったものが主です。 この国では、派兵中の死者、つまり戦死者は、国王参列の葬儀をもって荘重に見送られ、その模様は全国放送により生放送で、数時間にわたって放送される。 軍隊と国との関係が、日本とは根本的に異なります。 個人的に遭遇した例としては、プエルタ・ボニータというチームで、そのクラブの会長の娘さんが病気で亡くなられたため、一分間の沈黙を捧げる、というものがありました。 その時は、そのチームが所属するチームの試合全て、すなわち、8歳の所属するチームからトップチームまで、全ての試合で黙祷が捧げられました。 テロから一ヶ月以上が経ちましたが、現場となったアトーチャ駅にはいまだに献花、献灯が耐えません。 マドリー・ダービーの前の日にもアトレチコのエスクード(紋章)、レアル・マドリーのエスクードをかたどった花が奉じられていました。 「いい世の中とは皆がつつがなくサッカーを楽しめる世の中である」 と誰かがいったとか言わないとか。 今日もサッカーを噛み締めましょう。 (2021/07/05) マドリード人の代表応援法 (2004.06.09) マドリードに住む人間の代表に対する姿勢は極めて及び腰である。 その代表的なスタンスといえば、勝ったならば一緒に喜ぶが、負けても被害を受けない距離に身を置いてセレクシオン・エスパニョーラ(スイペン代表)を応援する、というものである。 以前、ユーロ2004を前にして、調子を落としているイケル・カシージャスの先発の座を心配する人から、「スペイン国内ではサモーラ(最小失点キーパー)であるバレンシアのカニサレスと失点の多いイケル・カシージャス、どちらが代表のキーパーに相応しいか、議論があるのではありませんか。」と聞かれたのだが、ふと考え込んでしまった。新聞にしろバル(飲み屋)のおっちゃんらにしろ、カニサレスかカシージャスかで喧喧諤諤の議論をしている場面を見たことがなかったからである。確かに新聞で取り上げられはするが、それはネタ探しの意味合いが強く、「議論」のように強い論調のものではない。 この国では、そもそも、不首尾に終わったヨーロッパ選手権予選の後、いつの時点で代表監督イニャキ・サエスの続投が決まったのか、定かではなかった。 スペインはギリシャ、ウクライナ、アルメニア、北アイルランドと対戦する「簡単な」グループに入りながら、ホームでのギリシャ戦を落とし二位に甘んじた。 この恥と言える成績ですら、監督に対する大いなる糾弾の声を引き起こすには足りなかった。イタリアではトラパットーニの首を求める声が国中で沸き起こっていたようであるが、この地でそのような沸騰を経験することはなかった。 ノルウェーとのレペスカ(プレーオフ)の後、スペインサッカー協会はサエスに続投を求め、彼は「時間を取って考えたい」と答えた。その後ほとんど人々の話題に上らぬまま、その契約は更新された。 さらに言うならば、協会はユーロ「直前」にサエスのドイツワールドカップまでの続投を決め、一般人はその不可解な人事に全く頓着していない。 スペイン人の代表に対する関心の薄さ、ことに、地域間の強烈な競争心に源をなす関心の薄さは有名である。 個人的な思い出であるが、私にとって最初のスペイン語の先生となったアランチャは正にその典型だった。彼女は生っ粋のマドリディスタであり、昔はシウダー・デポルティーバに足を運び、練習を見学していたほどのサッカー好きでもある。 ある日、授業前に彼女と雑談を交わしていると、話が代表に及んだ。 そしてその時、はっきりと、彼女の口から「代表なんかどうでもいい」との言葉が漏れた。 理由を訪ねると、次のように答えた。 「だって代表を名乗るからにはその国で最高の選手が選ばれるべきでしょ?スペイン代表はそうじゃないんだもの。えっ?なんでかって?あなたスビサレッタってしってる?彼が長い間スペインのゴールマウスを守ってたでしょ、でも、あんなのおかしいわよ。じゃあ誰が出るべきだったかって?そりゃブージョよブージョ、パコ・ブージョ、レアル・マドリードのキーパーだった、もちろん知ってるわよね。だって彼の方が明らかに上だったのに、代表で先発するのはいつもスビサレッタ。そんなチームを応援できるわけがないじゃない。」 嘘のように見事なマドリディスタ的解答だが、彼女は心底そう思っているようだった。 いまだに東洋人がサッカー場に出入りすると、「おまえは韓国人なのか?」と聞かれる。そして「そうではない。」と答えると、延々とあの試合、つまり2002年のワールドカップにおける韓国対スペインの試合に対する愚痴を聞かされる。 「やつらは盗っ人だ」「あの審判を見たか」「あんな恥知らずな試合はない」等々、様々な言葉を聞くが、そんな彼らが代表を心底応援していたわけでない。 「心底応援する」とは本当に代表が自分の一部であると感じ、その勝利による喜びだけでなく、敗北による悲しみ、怒り、やるせなさ、全てを自分のこととして受け止める姿勢を指す。 しかし、マドリードにおいて代表に対するそのような思いを感じることはない。代表の敗戦の後は、お決まりの、「他人に対する責任のなすりつけ」と「自分が傷つくほど応援しなくてよかった安堵感」が街に充満する。 一度代表が国際舞台で優勝すれば、このような及び腰ともいえる態度に変化がみられるだろう。 しかしながら、スペイン代表が勝てない理由の一つとしてとして、まさにこの、「国民からの支援不足」が挙げられているのである。 卵が先か鶏が先か、勝利の日はまだまだ遠いのであろうか。 (2021/07/01) |
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